⾨川泰之さん「インクルーシブの体験をすべての子どもたちに」 後編

後半導入部

 

前編では未來くんの義務教育での⽣活などを伺いました。後編は未來くんのその後についてです。

 

学び方を理解した成果

ーー普通の⾼校に⾏ってよかったなと思いますか?

⾨川:思います。もちろん受験前には⽀援学校に再度見学や話し合いに行きました。ただクラスあたりの生徒数は少ないですし、⼦どもたちの機嫌や調子に合わせて…という辺りへの納得ができず、そうではない⽣活をしてほしいと思いました。高校受験は自己申告書と面接で行われますが、合格者番号を見たときは初めて息子が自力で成し遂げたようで、それは嬉しかったです。

進学した⻄成⾼校には学びなおしという制度がありました。⼩学校、中学校でできなかった部分も学びなおし、自信を回復させていくカリキュラムです。息子の場合、小中学校で達成できなかった「授業をちゃんと受けられるようにしよう」と決めました。

長い授業時間を我慢できるか・集中できるか。たくさんの先⽣⽅が⼊れ替わり息子の横に付いて、自分の中に逃げ込んだりさせず、根気よく場慣れする努力を繰り返してくださいました。一年も経たないうちに、息子は授業というコミュニティの場を理解できるようになり、受け入れも見違えるようになりました。いまでも先生方から「あの進歩には驚いた!」と言われます。以来、講演や映画にもそこそこ安心して連れて行けるようになったんです。先⽣が「静かに」と⾔ったら、⾔葉は理解できなくても律することもできます。ただ楽しいことだけをしたり教わったりするのではなく、厳しくてもとことん基本を繰り返す。『知的障がい⽣徒⾃⽴⽀援コース』のある⾼校に通えてすごく良かったと思っています。

 

いつかの将来を⾒据えて

⾨川:将来、息子は親以外の誰かのお世話になる可能性があります。その際、医療従事者や介護士の方々と少しでも理解やコミュニケーションがしやすい⼦にしたいと思っています。ここまでを振り返ると、随分できるようになったと思います。

また、小中高と学校生活では息子がクラスに⼊ると、周りに息子のサインが分かる⼦どもや優しい子どもが増えるという経験をしています。これってお互いが理解できるってことで特に嬉しい発見でした。

 

ーー卒業後はどのように考えておられますか?

⾨川:さらに進路の選択は狭くなりますが、息子と同世代の若者が多い新しい学びの場を求めて、かなり動きました。しかしながら全介護という壁が特に大きく、重心児者の受け入れは悉く断られました。そんな中SNSで知り合った方々にアドバイスをいただいたりして再奮起、ようやく進路(障がい者の修学特別措置を受けての通信制大学進学ならびに重心児者等の生涯教育事業をおこなう大学の参加生)も決まりました。

 

ーー新しい学びの場をつくってあげたいっていう情熱はすごいですね。

⾨川:Foxプロジェクトもそうですけど、なんだろう…障がいがあるからといって静かに⽣きるのは、本人も家族も楽しくないじゃないですか。…社会から孤⽴していく、施設や病院で暮らす、ともだちを求めても周りの⼈は少ない…のが障がい児者。いろいろともがいている中で、あるとき頭の中に閃いたのが「そうだ!いろんなチャレンジで世の中に希望を届けたりする、社会で役に⽴つ⼦にしよう」と。それが息子の存在価値になり、親の前向きなエネルギーにもなっています。

 

ーー未来くんのためだけではなくて、親も楽しく⽣きていこうという姿勢がしっかりされているのですね。

⾨川:やっぱり、明るい⽅が楽しいじゃないですか。

 

ーー本当ですね。

妻も育児や療育で仕事ができない時期に、趣味のワインの勉強を本格化し、いまや最上位資格のワインエキスパート・エクセレンスを取得して、ワインスクールや自宅サロンで息子の障がいを隠すことなく様々な人たちと交流を続けています。

 

妻と手記

 

ーー未來くんが⽣まれてきて、⾨川さんが「やっぱり⾃分は⼀番ここが変わったな」とか「子どものおかげで成⻑したな」みたいなことはありますか?

⾨川:とにかく価値観が大きく変わりました。息子が生まれるまでは、特に知的障がいを持つ人たちには「ちょっと怖い」といった感情でうわべの判断しかできない人間でした。しかし、息子と接しているうちに障がいのある人たちをきちんと見て、知って、考えられるようになりました。さらに嚥下障害の対応で、たまたま乳児院(育児が困難な親に代わり乳幼児を預かる施設)にいらっしゃるある看護師さんを頼った体験は貴重でした。息子が特に不幸の星のもとに⽣まれてきたと思っていたのが、すごい意識改⾰になりました。子どもの不幸って障がいだけじゃない、そしてとても複雑なんだ…と。

 

ーーSNSでもお友だちと未來くんが親密ですね。⾨川さんもその⼦たちと楽しそうに交流していますよね。

⾨川:学校にはずっと私が連れて⾏ってますし、集団登校の小学校時代はみんなとよくしゃべりました。いま、息子に代わってLINE交換している子どもが何人もいます(笑)

 

『ともだち』『共だち』

ーーFoxプロジェクトが始動します。⾨川さんにとって『ともだち』という⾔葉からはどんな気持ちが最初に浮かびますか?

⾨川:『ともだち』って、⼈⽣にいつも不可欠な存在じゃないでしょうか。幼いときの仲良し、多感な時期の親友。戦友もいれば、心友もいます。いちばん親密になれて、いちばん影響し合う存在や関係が『ともだち』かなと思っています。遠くの親戚より近くの他人という言葉がありますが、障がい児も同じです。息子にとって『ともだち』は人生を飛躍させたとても⼤切な存在です。ありがたいことに息子は、とても恵まれた学校⽣活を過ごしてきましたが、体験してきた日常が、たまたまではなく誰でも普通にできるべきと強く思います。

 

共に学んできたともだち

 

ーーFoxでインタビューさせていただいた坪内博美さんも、子どもが友だちをつくる機会がないと仰っています。特別⽀援学校ではクラスに数⼈かしかいなくて、友だちができない環境で、そこが本当に切実な感じがしました。

⾨川:全国の8割9割は同じような状況だと感じています。だから「どうして障がいを持ったら孤⽴するのか」というのは Foxプロジェクトでも⼤きなテーマです。障がいがあるだけで『ともだち』というかけがえのない関係が遮断されていく社会のあり方を、少しずつでも確実に変えていきたいです。

 

ーーこれからも楽しみですね、未來くん。

⾨川:ありがとうございます。重心児である息子の実体験からスタートしたプロジェクトですが、これからも息子と共に新しい学びを得ながら、心の壁がない社会が増えていくことを願っています。

 

インタビュー:寺中 有希 2021.10.24.

 

プロフィール:

門川 泰之(かどかわ やすゆき)

Fox Project  Co-Founder

 

笑顔。
重心児の息子、未來(みく)にはそれしか語るものがありませんでした。

しかし、無反応が続いた息子が一年だけ通えた保育所で私たち親が見たものは、目を見張るような光景でした。

 

…小さな弟がやって来たかのよう。
話せない、やりとりが理解できない、歩けない息子を周りの子どもたちは何の偏見もなくどんどん可愛がってくれ、息子にも変化が生まれてきたのです。

「子どもが子どもを育てる」「子どもの中で子どもは育つ」。
ごく普通に言われてきたことの意味を初めて知ったような瞬間でした。

 

以来、大阪というインクルーシブ先進地域の文化や制度にも恵まれ、義務教育だけでなく公立高校「知的障がい生徒自立支援コース」にも通え、本当にたくさんの「ともだち」ができました。そして「ともだち」はみな成長していき、たまにしか出会わなくても「ともだち」なんです。

 

お互いに影響し合う「ともだち」は、誰にとっても人生でいちばん長く続く関係です。重いハンデのせいで「ともだち」が出来る機会がほとんどない子どもたちにも、息子のような経験をしてほしい。どちらにもきっと何かが産まれるはず。健常児も障がい児も機能の部分を除けば、豊かな感情は一緒だと思うのです。

 

そんな想いとともに、子どもたちが大人になるまでもっとも長く関わる学校や教育から、みんなが繋がるあたりまえの日常をつくりたくて藤原さとさんと共にFox Projectを立ち上げました。

どうぞよろしくお願いいたします。

 

息子・未來の学びの歩み
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ピュアな重心児の日常
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