ピーダーセン海老原さやかさんインタビュー(前編):生きる価値・生きる歓びを感じる特別教育

 

昨年(2022年)、日本は国連の障害者権利委員会から、受け入れの体制が整っていないことを理由に、障害のある児童が地域の学校から受け入れを拒否されるなど、特別支援教育が通常学級と分離されていることを指摘されました。そのことを受け、岸田首相は今年(2023年)1月、衆参両院で行われた代表質問で「勧告の趣旨を十分受け止め、インクルーシブ教育の推進に向けた取り組みを進める」と答弁しました。

 

インクルーシブ教育とは、国籍、貧富の差、障害のあるなしにかかわらず、すべての子どもたちが一緒に学べる教育のことを指します。デンマークは、特別支援学校そのものをなくす志向のイタリアやカナダとは違って、地域の学校に併設する特別学校、通常学級の中のインクルーシブという日本と近しい形態を持っています。一方で、教師だけではなく、ペタゴーという個々の人間性や個別性を見抜いてそれぞれに合った個別ケアをする技術を身に付けた社会教育者がいたり、さまざまな専門職が協力して特別なニーズを持つ子どもたちを立体的に観るなど、特別支援の専門性がとても大切にされているといいます。

 

多様性のある社会を実現しているデンマーク。デンマーク在住で、現地の特別支援学校の教師を10年近くされているピーダーセン海老原さやかさんにお話しを聞きました。※

 

Q:どうしてデンマークで特別支援学校の教師をすることになったのですか?

私は大学卒業後、東京都立久留米養護学校中学部に英語教員として5年勤務していました。でも、教員3年目、25歳のときに参加した「デンマーク福祉視察の旅」がきっかけで、デンマーク留学を決意しました。もう何か「デンマークに呼ばれている!」というような運命的なものを感じて。そこで27歳で退職し、デンマーク発祥の成人教育機関フォルケホイスコーレ2校に留学しました。

 

具体的には、国際理解がカリキュラムの中心で、世界30カ国から生徒が集まるInternational People’s Collage(IPC)と障害のある人もないひとも一緒に学ぶエグモント・ホイスコーレンに半年ずつ留学。1年学んだあとは、半年間IPCで生徒と先生の橋渡しのボランティアStudent Teacherとして働きました。その後ホイスコーレンで出会った夫と結婚。語学学校に通い、長男を出産し、学童クラブで勤務をスタートしました。1年半ほどして次男を妊娠したのですが、特別支援学校で働きたかったので、育児休暇をとる前に、履歴書をもってアタックしました。

 

当初は、教員資格がなかったので、教員養成学校に週1日通いながら、週4日ヘルパーとして働くと言うハードな日々を過ごしていました。子どももまだ小さかったので本当に大変でしたね。でもその後、デンマークでも教員資格をとり、特別支援の正式な教員として働きはじめて約10年になります。

 

 

Q:今のお仕事について教えてください

現在は、コペンハーゲンから北に35キロの港町、エスパゲーアにあるGrydemoseskolenの特別支援クラスで教員として勤務しています。小2〜小5の知的発達障害のある子ども達のクラス担任で、美術、算数、理科を教えています。

 

コペンハーゲンの教員養成学校で学び、デンマークの美術教員の資格を取得しているのですが、算数・理科も教えています。子どもの絵の分析士という勉強もして、学校で実践しています。体の動きと同様、線は動きで、線はその人を表すといいます。子どもの絵の分析は、子供の絵を読み取り、子どもの発達と心理的安心を知る手がかりを得ます。たとえば、紙のどこに書いているかや、絵の大きさ・配置、絵に描かれているもの、描かれていないものなどを見ていきます。描かれたもの同士が離れているときには、社会的距離や孤独を表すこともあります。

 

Q:勤務されている学校について教えてください

エスパゲーアには公立学校が4つあります。私が勤務しているのはそのうちのGrydemoseskolenという学校に併設されている特別支援学校Team V(チームフェム)です。
Grydemoseskolenの普通クラスは0−6年生まで約430名がいます。一方で、Team Vは0-10年生まで約80人が所属しています。TeamVに来るのは学習に困難のある生徒、精神・身体に障害のある生徒たちです

 

TeamVは3つのグループに分かれています。Fグループでは重度重複・心身障害の子どもたち。AFSグループは自閉スペクトラム症(知的発達障害を伴う)、Aグループは知的発達障害の子を受け持っています。私はAグループに在籍していて、その中で、4Aという低学年・中学年のクラスを受け持っています。

 

デンマークには「dygtiggøre」という言葉があります。直訳すると「賢くする」という意味なのですが、その子に合ったスキル伸ばしていくことはとても大切にされています。TeamVが大事にしていることは、子どもたちに発達の可能性と学びを提供して、すべての分野においてスキルをつけること、独立・自立できるようにすることです。同時に将来を見通すということが忘れられてはなりません。

 

実際の学びは「コミュニケーション」「社会性」「教科・教科領域」「モトリック」「ADL」「感覚統合」の分野を柱にしています。コミュニケーションは言語・非言語(サインやピクトグラム、アイパッドなどのアクセシビリティを適宜使う)を扱い、すべての子どもがコミュニケーションを取れるように支援します。ADLは日常生活に必要な活動すべて(日本だと自立活動の時間に相当)のことです。モトリックは体を動かすことで、障害があってもなくても重要な教育要素として取り入れられています。特に、重度重複心身障害の子にとって体を動かすことは、睡眠の質が上がったり、排泄がうまくいったり、生活の質や生きることに関わるので、とても大事にされています。

 

また、TEAMVの教育の柱としては、生徒の発達・学び・心理的安心が人生に価値を与えること、そして他者との関係を構築し、強いつながりをもてるようにすることで生きる喜びを感じられるようにすることの2つが掲げられています。そのためには意味のある教育と生徒に対する尊重と理解が必須です。

 

Q:特別支援のスキルとして大切にされているものについて教えてください

発達の最近接領域という考え方を日常的に活用しています。ソヴィエトの教育心理学者ヴィゴツキーの考え方で、日本でもご存じの人がいるかもしれません。この考え方では「助けがあればできる」という発達のゾーンを学びの領域としていきます。この発達ゾーンを常に意識してアプローチしています(下の図のイメージ)。

 

たとえば、ジャンバーのチャックを上げることができない場合にはどうしたらいいでしょうか。もし、何かを下から上げるという動作ができるなら、ジャンバーのチャックを大人が引っ掛けると、自分でチャックを引き上げられるかもしれません。アルファベットのAを書くのはまだ難しいけれど、線を書くことができる子がいたとします。そうしたら、なぞり書きを導入することで、書きやすいアルファベットから書けるようになっていくかもしれません。そのようにその子にあったゴールを設置し、達成したら次の「助けがあれば出来ること」をゴールにします

 

 

Q:生徒が嫌がったり、うまく行かないときはどうしたらいいのですか?

生徒に合う方法を常に選択することが大事です。そのためには、生徒に合った要求と期待を見極めることが大切です。でも、つねに完璧と言うわけにはいかないので、当然生徒とのコンフリクト(衝突)になりそうなときはあります。そういうときには、そうしたコンフリクトをエスカレートさせないような技術があって、それを実施します。

 

具体的には「ロー・アラウザル」という考え方が大切にされています。アラウザルというのは「覚醒」という意味がありますが、その覚醒の度合いを丁度良いところに持っていくのです。何かに取り組もうとしているとき、子どもの「アラウザル」が低いと、眠かったり退屈で活動量が少ないです。逆にアラウザルが高すぎると、不安、ストレス、パニックを引き起こし、血圧と心拍数も上がります。良いパフォーマンスができるのはアラウザルが低すぎず、高すぎずその真ん中です

 

 

子どもたちとコンフリクトが起きた時には、私たち大人が意識的にアラウザルを下げることがとても効果的です。このようにアラウザルを下げるための方法「ロー・アラウザル」について全職員が研修を受けています。

 

ロー・アラウザルの方法としては、要求の内容を変更したり(「要求をなくす、変える」「短い言葉で」「具体的に且つ明確に」)、自由度を上げたり(「時間を与える」「耳を傾け、理由と解決策を探す」「選択肢・逃げ道を提示」)、その他の方法(「身を引く・サポートする」「気を逸らす」「スタッフ交代」)などの方法があります。

 

たとえば、子どもが「外遊びにいきたくない!」と泣くときには、感覚の刺激が高すぎてパニックになってしまっていたり、友だちとのやり取りがうまくいかない、もしくは欲しいものが手に入らないことでストレスが過剰になっていることがあります。そんなときに上の方法を試してみるんです。こうしたやり方は、日常的に使われています。

 

また、大人とのコンフリクトがエスカレートしてしまうことも当然あります。そういったとき、実は「スタッフ交代」は非常に有効な手段とされています。ただ、大人を交代するにあたっては、職員間において「ローアラウザル」の共通理解がしっかりなされていることがとても大事です。そうでないと「自分がうまくいかなくなったから誰かに委ねなければならない」というような残念な気持ちになってしまいます。

 

また、冷静なフリをすることも有効で、研修で学んでいます。たとえば、アイコンタクト・ボディコンタクトの量をどのくらいにするのがいいのかは、その子によって違います。刺激が強すぎる場合は、話す量を減らして声のトーンも下げる、音楽や明かりが刺激になる場合にはそれを取り除くことも大事です。コンフリクトによって興奮している子がいる場合には、その子を教室から出すのではなく、周りの子どもを移動させます。私たちも人間ですから心が揺れることもあります。「冷静なフリをする」ことを頭においています。

 

なお、私が受け持っているクラスでは生徒9名に対し、教員が3人、ペタゴーという生活指導員が3人、無資格で働けるヘルパーが1人で、7人が一緒に働いています。そのほかにも作業療法士、理学療法士、学校心理士、言語療法士が学校に常勤でおり、サポートしています。異なる専門職の人たちが、一緒に子どもを見ることで、さまざまな観点から子供を立体的に捉えることができます。この時に大事なのが、お互いの専門性を尊重するということです。

 

 

Q:環境設定での取り組みについて教えてください

TeamVの学びの核は「精神的に安全で安心できる環境」「日々変わる生徒の様子に合わせること」「生徒たちの自信と自尊心を育てること」です。

 

たとえば、他の子と同じ環境では集中力が保てないという場合には、ついたてをして壁に向かって勉強する場所を作ります。感覚刺激を遮って脳を休められるよう、階段の下にクッションを入れて休憩する場所も確保しています。

 

 

クラスの時間割ですが、朝バスで登校するとまずはモトリックで身体を動かし、朝の課題を個別にやって朝の会をします。その後火水木金はデンマーク語と算数。スナックを食べて休憩し、10時からその他の教科をします。月曜日はお散歩とモトリック。火曜日は理科、水曜日がグループ学習、木曜日が美術、金曜日が体育。その後に英語やITがあります。お昼ご飯をたべて、午後の授業やアクティビティがあって終わりとなります。教室のなかには、1日の予定表がピクトグラムとして貼られ、子どもによっては個別のピクトグラムを示したりします。

 

 

教材は子どもの発達に合ったものを選択しています。算数の教材は一人一人の目標にあったもので、具体物を使うものも多く準備をしています。左の写真はタイムタイマーで活動の区切りが視覚的にわかるよう、様々な場面で使っています。

 

 

心理学者Ross Greene は「子どもたちはできることは最善をつくす」と言います。また、Bo Hjelskov Elvenの「人間はその状況に一番意味のある行動をする」「人は自分のコントロールを失わないように行動する」などの言葉はTeam Vでとても大切にされています。つまり「子ども要求に近づけるのではなく、要求を子どもに近づける」ことを日々意識しているんです。できないというのはその子がいけないのではなく、環境や要求がその子にフィットしていないということですよね。

 

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後編につづく。

 

語り手 ピーダーセン海老原さやか さん

大学卒業後、東京都立久留米養護学校中学部に英語教員として5年勤務。教員3年目に参加した「デンマーク福祉視察の旅」がきっかけで、デンマーク留学を決意。27歳で退職し、デンマーク発祥の成人教育機関フォルケホイスコーレ2校に留学。(International Peoples college、Egmont højskolen)その後、デンマークで結婚、出産、就職。

現在は、コペンハーゲンから北に30キロの街エスパゲーアにあるGrydemoseskolenの特別支援クラスで教員として勤務。小2〜小5の知的発達障害のある子ども達のクラス担任で、美術、算数、理科を教えている。コペンハーゲンの教員養成学校で学び、デンマークの美術教員の資格を取得。日本向けにオンライン講演会、ワークショップ、オンライン授業、先生の幸せアッププロジェクトも活動中。中3と小5男子、犬のFujiのお母さん。

※本インタビューは海老原さやかさんにお越しいただいた対話会でお話ししていただいたことをベースにインタビューの形に書き換えました。