ピーダーセン海老原さやかさんインタビュー(後編):デンマーク・インクルーシブ教育の葛藤と未来志向

 

多様性のある社会を実現しているデンマーク。デンマーク。デンマーク在住で、現地の特別学校の教師を10年近くされているピーダーセン海老原さやかさんにお話しを聞きました。前編ではさやかさんがなぜ日本の養護学校勤務を経て、デンマークに行ったのか、そして現在の勤務先である特別支援学校ではどんな学びが実践されているのかについて聞きました。後編ではデンマークの文化、行政などもふくめたインクルーシブ教育の取り組み、デンマークの社会のありかた、日本との違いなどについてお伺いしていきます。

 

Q:保護者とのやりとりはどんな感じにされていますか?

保護者は、「子どもの発達」という一大プロジェクトのパートナーとして考えています。当然にして保護者に敬意をあらわし、礼儀正しく対応し、寛容性・透明性が大切にされています。子どもの心理的安全性がアップすると保護者との信頼関係がアップし、更に子どもの学びや発達に良い効果があり、良い相乗効果があると考えています。

 

生徒プランというものを一年に一度作って保護者と共有します。プランには「個人的コンピテンス」(自尊心・自信・自立・集中力などに関する目標)や、「社会性」(例えば、お友達に「一緒に遊ぼう」と言う。)「モトリック」、「ADL(日常生活に関する活動)」(衣服の着脱や活動の準備など)の目標、デンマーク語、算数の目標値などが定められています。新学年が始まって割と早い段階で生徒プランを保護者に提示し(秋)その半年後に春の面談で評価するようにしています。具体的で達成がわかる目標をたてます。プランの中で、「生徒」「家庭」「学校」の役割が明記されているのも特徴です。

 

もう一つTEAMVで大事にされているのが、子供が小さいうちから、子どもが成人(18歳)したら、と将来を見据えて考えていくことです。障がいがあっても、成人したらということが想定されています。私が担当していた重度重複心身障害のある子のお母さんは、「この子が成人したら、他の若者と同じように一人暮らしをして、時々実家にご飯を食べに来るような関係になりたい。」と言っていました。また脳性麻痺のある双子のお母さんと話していたときも、「この子たちも18歳になったら他の若者と同じように家を出て自立してもらいます。彼らの住む場所を探すのはあなたたちの責任です。」と行政に伝え、住む場所を探してもらっていました。

 

デンマークでは平均的に21歳で家を出ると言われています。18歳になると親の扶養義務はなくなり、社会が責任を持つようになります。つまり、自治体は住居と仕事と経済的支援をしなければなりません。「教育」「暮らし」「趣味」「人間関係(友達・恋人・仲間)」「仕事」について、障害があってもなくても自立して生活を営んでいくことが目標となっています。そこには当然にして学校側の責任だけではなく、社会における環境整備が両輪で走っていることが忘れられてはなりません。デンマークの特別支援学校の職員が安心してその専門性を生かして仕事に取り組めるのは、社会がインクルーシブだからなのです。

 

 

Q:デンマークのインクルーシブ教育の方向性は今、どのようになっていますか?

デンマークの学校教育法では、通常のクラスで週9時間以内のサポートでやっていけるなら、通常クラスに配属されます。それ以上の支援が必要なら特別支援教育の対象と決められています。特別支援教育は生徒の教育的ニーズに基づくことが、教育法で定められています。

 

具体的に特別なニーズのある子が通常クラスで学ぶ場合、生徒1人にサポートがつく場合もあれば、クラス全体をみるサポートにつく場合もあります。いずれにせよ「個々にあった教育」が求められます。そのほか、2人教員で授業をみる、アシスタントをつける、グループ分けをするなどの対応が取られます。補助器具やIT機器が支給されることもあります。いずれのケースにしても子ども一人ひとりがスキルを身につけることが大事だと考えられています。

 

デンマークのインクルーシブ教育の歴史は、1994年に「サラマンカ声明」が出されて Education for all が提唱されました。その時に、国際疾病分類(ICD-10)の使用が開始されたので、デンマークでも他の国同様ADHD、自閉スペクトラム症の診断数は大きく上がりました。2012年にはインクルージョンが学校教育法に明記され、2013年には「インクルージョン16」という3年計画が出されました。しかしこの計画はうまくいかなかったんです。そこで、2021年にMELLEMFORM(中間フォーム)ガイドラインがでました。

 

なお、インクルージョン16で、インクルーシブ教育の対象となったのは、ADHD、自閉スペクトラム症(知的発達障害をともなわない)、学習障害、精神疾患(うつや不安症)、高IQという子どもたちでした。彼らが、冒頭にお話しした「9時間以内の支援」で普通クラスでやっていけると考えられている対象者となります(学習に困難を抱える子どもたち、知的な発達に障害のある9時間以上の支援が必要な子たちはインクルージョン16の対象外となります)。

 

インクルージョン16のゴールは「特別なニーズのある子どもたちが、分離教育ではなく必要な支援や補助器具を使い普通クラスで学ぶ」とされ、2010年の普通クラス在籍率94.4%だったものを2015年は96%までに引き上げるという数値目標が示されました。私が暮らしているヘルシンガ市ではステイクホルダーの間の共通了解醸成のため、ペタゴキック(子どもを認める教育法)の考え方に基づく問題解決に向けた「LOFT」というメソッドを作り、職員研修が開かれました。具体的には、子どもの困難ばかりに目を向けるのではなく、子どもの資源に目を向け、そこにアプローチするメソッドです。

 

また「子どもの物差し」として、子どもの心理的安全性と発達を測る共通のスケールをつくりました。また、校内インクルージョンアドバイザーが配置されたり、校外のPPRという0歳から17歳まで教育的・心理的な相談ができる市の機関との連携も強まりました。

 

しかし、ヘルシンガー市の3年後の評価としては、インクルージョンアドバイザーの設置と、共通理解の浸透はうまくいったものの、2010年の普通クラス在籍率94.4%を2015年には96%までに引き上げるという数値目標は変更を余儀なくされました。結果的に2020年においても94%の子たちが通常学級にいて、むしろ特別支援教育を受ける子の数は増えているんです。そこで、量の議論から質の議論へ移行しようという話になっています。つまり特別支援対象の子だけではなく、すべての子にとってインクルーシブな学びの場と、安心な環境を確保することに目をむけるようになりました。

 

ヘルシンガー市では、インクルージョン16がスタートしたときに特別支援クラスがなくなりました。そして多くの子が通常学級に入りました。しかし、そこでうまくいかずに不登校になったり、精神的な安全性が確保ができない子が増えてきたので、今はまた特別クラスを設置しています。ある子たちにとっては、インクルージョン(包摂)をするつもりがエクスクリュージョン(排除)になってしまったということが実際に起きてしまいました。

 

今は、MILLEMFORMというガイドラインができ、特別なニーズが必要な子どもたちが、適切な支援を受け、フレキシブルに対応するようになっています。ただ、まだはじまったばかりでこれからどうなるかというところです。

 

なお、現在ウクライナからの移民の子がたくさん来ています。そういう子たちはインテグレーションの対象です。カナダでは1年生か7年生までは障がいがあってもなくても学ぶというふうに、なっていると聞いています。またEA(Educational Assistant)という補助員がサポートに入るそうです。8年生になると特別支援学校ができるそうです(盲学校は別)。ただ、デンマークは今のところこういった方向性であるという情報は現場では聞こえてきていません。まだまだ発達途中でわかりません。

 

 

Q: 海老原さんは、日本の特別支援教育の経験を経てからデンマークに行かれました。どんなところに両国の違いを感じますか?

まず保護者との関係です。先ほどお伝えしたとおり、デンマークでは教師は子どもの成長・発達のために協力するパートナーであり、学校教育法にも「学校は保護者と協力し」という文言が明記されています。お互いをリスペクトする対等な関係です。

 

また将来を見据えた教育がされていること、異業種との連携もなされていて、言語聴覚士などの異業種連携だけではなく自治体(コミューン)との連携なども積極的にデザインされているところに違いを感じます。さらには、教員のありかたとして、責任の伴う自由と裁量権が認められ、自分の仕事に対してはプロとしての誇りと自信を持っています。逆に言えば、自分の仕事がもたらす影響力を認識していなければなりません。管理ではなく信頼に基づく学校経営がなされます。責任と自由、裁量権のある仕事の仕方ができているところは、日本と大きくちがうかもしれませんね。

 

デンマークは昔から土地が貧しく、作物が豊かに育ちません。そこで、18世紀からデンマークの資源は「人」と考えられています。民主的な人間関係は政治だけでなく生活の基本となっており、オープンで信頼に基づいた対話が大事にされています。またなにか問題が起きた場合には未来志向で問題解決するようになっています。またユーモアセンスもあって、ブラックユーモアも含め、色々なことをおもしろがる国民性があると思います。

 

最後にインクルージョンについて私が個人的に思っていることをお伝えします。日本でインクルーシブ教育について考えていく場合、学校におけるインクルーシブ教育だけが語られているように感じます。そうではなく、インクルーシブな「社会」について語り、考え、実行していかなければならないのではないでしょうか。

 

日本はインクルーシブな社会とは決して言えません。世界幸福度調査でも順位を下げています。特に「他者への寛容性」の項目のスコアが低いです。性別、人種、社会的地位や障がいの有無によって分離され、同性婚、性の多様性も認められていません。国が社会にある問題を認め、インクルーシブな社会を目指してその目標と解決策を明確にすること、国民もそれを意識し、日本が目指す姿を明確にすることが求められているように思います。

 

そのためには、インクルーシブ教育がなんなのかという意義付けと、共通理解が必要です。もちろん人的・経済的資源を確保することも大事です。日本では「特別支援の廃止」などの言葉が踊る傾向にあるように思います。言葉だけの議論の前に、子ども一人ひとりにあった最適な学びの環境を選べるように選択肢を確保することが大事です。学校は子どもの自立を促す場所であることを考えると、学校に親がつきそうなど、デンマークでは考えられません。子どもが子どもだけの時間、子どもだけの人間関係を構築できるようになることは、子どもの自立のためにも極めて大事なことだと思っています。

 

そうだとすると支援員やサポートは当然必要ですし、保護者・学校・専門職、ソーシャルワーカーなどの連携・協力体制の構築のうえに就学前から密でお互いの信頼関係に基づく透明な対話が必要です。必要な資源を確保し、親が孤立しないようにすることも大切でしょう。その上で、子どもの学び(教科・社会性)、心理的安全性、発達の観点から最適な学びの場を考えることが大事だなと思っています。

 

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語り手 ピーダーセン海老原さやか さん


大学卒業後、東京都立久留米養護学校中学部に英語教員として5年勤務。教員3年目に参加した「デンマーク福祉視察の旅」がきっかけで、デンマーク留学を決意。27歳で退職し、デンマーク発祥の成人教育機関フォルケホイスコーレ2校に留学。(International Peoples college、Egmont højskolen)その後、デンマークで結婚、出産、就職。

現在は、コペンハーゲンから北に30キロの街エスパゲーアにあるGrydemoseskolenの特別支援クラスで教員として勤務。小2〜小5の知的発達障害のある子ども達のクラス担任で、美術、算数、理科を教えている。コペンハーゲンの教員養成学校で学び、デンマークの美術教員の資格を取得。日本向けにオンライン講演会、ワークショップ、オンライン授業、先生の幸せアッププロジェクトも活動中。中3と小5男子、犬のFujiのお母さん。